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◎松平康忠(まつだいら やすただ)

徳川家

詳しい情報は下に記載してます!

本サイトではゲーム『信長の野望』シリーズで登録武将(新武将)として作成・登場させるのにおすすめの戦国武将を紹介しています。

是非本サイトで紹介している登録武将を作成して『信長の野望』シリーズのゲームをより楽しんでもらえたら嬉しいです!

特性や特徴は「謀略“系”」など“○○系”という表記をしていますので、作成の際は武将の情報や逸話を元にご自身で付けたい特性を選んでいただけたらと思います。

◎松平康忠(まつだいら やすただ)

基本情報

  • 生没:1546~1618(病死)(73歳)
  • 所在:岡崎城(三河)
  • 主家:徳川家
  • 親交:徳川家康(いとこ)、酒井忠次(義父)、松平清康(祖父)
  • 嫌悪:―
  • 野望:低~中
  • 主義:中道

能力

  • 統率:38
  • 武勇:44
  • 知略:38
  • 政務:45

特性

  • 戦法:用心
  • 特性:-
  • 苦手:-

人物概要

徳川家組頭。母は松平清康の娘で、康忠は徳川家康と従兄弟の関係にあたる。徳川家の各地の戦に参戦した。

その他情報・逸話

  • 徳川家康の従弟である。
  • 永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いで父が討死。松平清康の娘である母は、徳川家の重臣である酒井忠次へと再嫁し離別している。
  • 元亀元年(1570年)、義父の酒井忠次に属して姉川の戦いに参加。
  • 天正3年(1575年)の長篠の戦いでも忠次に従った。
  • 武田信実が守る砦を徳川軍の別働隊として攻略し、長篠城を開放している。
  • 家康の嫡男である信康のもとで老職を務めたが、天正7年(1579年)信康の自刃により蟄居した。
  • のちに家康のもとへ召喚され、本能寺の変の際には家康の伊賀越えに同伴
  • 小牧・長久手の戦いに参戦。
  • 天正16年(1588年)に嫡子の康直へ家督を譲り京都に居を定める。
  • 元和4年(1618年)、死去。享年73。

参考値

紹介した登録武将と関係があったとされる武将のゲーム上での数値を紹介しておきます。

数値は『信長の野望 新生』での数値を記載してます。なので『信長の野望 新生』で登場していない武将は対象としてません。

  • 徳川家康 :統99.武87.知90.政98
  • 武田信実 :統15.武38.知30.政43
  • 酒井忠次 :統86.武75.知86.政60

参考資料

松平康忠(Wikipedia)

その他の徳川家おすすめ登録武将

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